私はとても古い借家のアパートで生まれ、そしてそこで育ちました。
当時のアパートは、現在の建造物と違い、建物全体を消毒するといった習慣がほとんどなく、どの世帯にもゴキブリやダニなどの害虫がたくさん発生していました。
幼少の頃、私はとても昆虫が好きで、よく虫カゴと虫取り網を携え、昆虫採集に夢中になっていました。
あまりの虫好きのため、両親や近隣の方々は私のことを「昆虫博士」とあだ名していたほどです。
そういえば、アパートの中でゴキブリなどの害虫がでてきても怖がることなく退治していたため、両親に喜ばれていたのを思い出します。・・・今思えば、この幼少期の無類の昆虫好きが、今の職につながっているのかなぁと思っています。
その後、中学校で卓球部に入り、クラブ活動で汗を流す毎日を過ごしました。
名称こそ卓球となっているものの、連日、マラソンや筋トレなど、さしずめ軍隊のようなハードな"訓練"が続き、肝心の卓球の方はどちらかといえばついで・・・という3年間を過ごしました。
ですが、そのハードな練習の甲斐あって、チームはメキメキと力をつけ、3年生最後の中体連では福岡県大会へ進出するまでに成長しました。※私もレギュラーの一人でした!(奇跡)
高校に進学してからも卓球部に入部しました。
しかし、 厳しい中にあっても大きな価値を見出していた中学時代と比べ、ややリラックスした雰囲気の練習姿勢に違和感を覚え始め、ほどなくして退部してしまいました。
その頃、時代はバンドブーム・・・私は高校の仲間達とバンドを組み、バンドにあけくれる毎日を送りました。
(ちなみに私はエレキギターを担当していました)
バンド漬けの毎日を過ごしたため、おのずと勉強に身が入らず、卒業後に情報処理の専門学校に進学したものの、バンドの世界から抜け出すことができず、いつしか真剣にプロを目指すようになり、専門学校を卒業しても土木作業のアルバイトをしながらバンド活動を継続、23歳までひたすら我が道を進みました。
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